
明け方の時間のために起きるとき、とても辛くて「今日くらいはやめてもいいかな」という怠惰な感情に流されそうになることがたまにあります。
目を覚ました直後なので、判断力が鈍っていて、そこを狙ったサタンの仕業だと思っていました。
そして、今朝もギリギリまで怠惰な気持ちに支配され、やっとのことでその怠惰な思いを振り切って、支度をして外に飛び出したのですが、今はハルマゲドンの最中、私へのサタンの攻撃など無いはず。
ということは、これはサタンの仕業ではなく、単に自分自身の弱い信仰からくるものだったのだ、これまでもサタンにやられていたのではなく、自分自身がサタンの波長に落ちていて合わせてしまっていたのだ、と気付き、簡単に怠惰な気持ちに陥ってしまうことに対して悔い改めました。
ただ、ここ最近は、明け方の時間のために起きるとき、目覚ましが鳴る前に目が覚めて、やる気に満ち溢れ、深く深く祈れることが増えてきました。
そして、それは歩き祈りを始めてから顕著になってきたように思います。
深く祈れると、内側から力が湧いてきて、とても気分良く一日を過ごすことが出来る。
今、自身のブログで確認してみたのですが、歩き祈りを始めてから、ちょうど半年が経っていました。
あっと言う間だな。
そう思うと、少し焦りも生じてきました。
私はこの半年間で何か成し遂げられただろうか。
インスタへの投稿はできる限りしよう、そう決めてから、今振り返ってみると、毎日、とはいかなかったけれど、比較的出来ていたかな、と思う反面、もっともっと頑張っている兄弟姉妹もたくさんいるし、十二弟子のみなさまの高いレベルには全く及んでいない。そしてラプトさんにいたっては、今も毎日啓示を伝えてくださっていて、更に様々なことを日々されているから足元にも及ばない。そう考えると、とても自分が「出来ている」などとは言えない、と思い、この程度で慢心せず、もっと死にものぐるいで頑張らなければいけない、そして、決して高慢になってはいけない、と自身を戒めました。
神様のスピードは本当に早い。
少しでも怠惰な気持ちになって、それに流されてしまうと、置いていかれていまう。
あれからすでに半年も経ってしまった、と思うと、本当に一日、一時間、一分、一秒を大切にしていかなければならない、限られた時間の中で神様にできる限りのことをしなければならない、という強い思いに駆られます。
そして今出来ること、今しか出来ないことがある。
ハルマゲドンの戦いが始まりましたが、そのことについて知っているのは、ラプトブログの朝会を聞いている私達だけ。
ということは、このことを知った上で、神様の勝利を本気で祈っている人は、世界の人口に比べると本当に本当に少ない。
神様と天使天軍は、地上にいる私達のために命をかけて戦ってくださっているのに、その勝利を祈るどころか、知っている人さえ、ほとんどいない。
そう考えると、自分はハルマゲドンについて知っている数少ない信仰者の中の一人なのだから、自分が彼らの勝利を祈らなければ誰が祈るのか、というある種の使命感のようなものが生まれてきました。ハルマゲドンについて知った以上、神様と天使天軍のために祈らなければ。
そしてそれが出来るのは今だけ。
そんな熱い思いで、今朝の明け方の祈りの時間を過ごしたのですが、そのうちに個性才能に対しての構想が浮かんできました。
やはり祈るだけでなく、実践しなければならない。神様と天使天軍が今戦ってくださっているのは、私達が多くの人を伝道出来るようになるため。そう思うと、もっともっと必死になってやるべきことをやらなければ、と思いました。
今になって私自身の中にある「怠惰」「高慢」といった自身の罪があぶり出されているような気がします。このようなことは、一度悔い改めたとしても、すぐにまたひょっこり顔を出してくる。
今後も悔い改めて、もっと信仰を深くし、多くの人を救えるような人になれるよう、日々、慢心せずに邁進していきたいと思います。