一昨日、寝床につくのが遅くなってしまい、ほんの少ししか寝ることが出来ませんでした。それでも明け方の時間に起きる習慣は出来ていたので、起きるのがツライな、と思いながらもなんとか布団から出て、身支度をしました。
以前も、このような時でも起きることが出来ていたのですが、問題はこの後でした。いざ祈ろうとすると、ウトウトしてしまう。寝るつもりなど全く無いのに、いつの間にか意識が無く、気がつくと時間が大分経っていた、ということが多々ありました。
そこで祈りの前にシャワーを浴びたり、コーヒーを飲んだり、様々な事を試したのですが、あまり効果がなく、結局、ダメな時はダメ、という感じになってしまっていました。
その後、このままではダメだと悔い改め、外に出ることにしました。クルマで山に行って、そこで祈れば寝ることもない、と。
始めた頃はよく祈れました。しかし、その内に車内で座りながら祈っているとそのまま寝てしまう、ということがたまに起こりました。
結局、ダメな時はダメ、なのか? と。
ただ、クルマの場合は、眠気が来たり、少し寝てしまったとしても、場所を移動したり、運転しながら祈れば、眠気も覚め、なんとか祈ることができる。だからそれがベストなのだろうと思っていました。
そんな中「歩いて祈る」という御言葉が宣布され、数日後にそれを実践してみたら、とても深く祈れることができ、それ以来、毎日歩き祈りをしているのですが、一昨日のほんの少ししか寝ることが出来なかった日、いつもなら確実に寝てしまうと思えてしまう日だったのにも関わらず、この日も全く寝ることがありませんでした。
私の場合はすでに二時間ちょっとのルートが決まっているので、行き先に関してはなにも考えず、ただルートに沿って歩けば良い。眠くなったとしても、歩いたままでは眠られないし、ぐるっと周るルートなので、早い段階で「帰る」と決めない限りは歩き切らないといけない。
結果、以前なら確実に寝てしまいそうな日でも、歩くことで祈り続けて寝ずにすみました。
こうして日々、ダメだと思ったことは悔い改めて、様々な良いことを習慣化し、コツコツと続けていくことが重要なのだと思いました。
最初はツライと思っても、続けてみるとツラさは軽減されていく。そして慣れてしまえば良い習慣として定着して、より一層信仰を深めることが出来る。
歩きながらの祈りは、良いこと尽くめなので、今後もずっと続けていきたいです。