すべてがうまく行った出来事と悟り

少し前に、まるでテトリスのように物事がきれいに気持ちよくハマっていくような出来事がありました。

私の住む地域はほとんど雪が降りません。そのため雪のある場所に行って遊ぶ遠足がある幼稚園や小学校があります。小学一年生の息子は、先月その遠足に行く予定で、まだ実際に雪を見たことのない息子はとても楽しみにしていました。しかし、このコロナ茶番によって、その遠足が直前に中止となってしまいました。

ガッカリする息子を見て、友達とは行けないにしても、せめて家族で連れて行ってあげよう、と妻と話していたのですが、いつになるのかはすぐに決められずにいました。

私は休みが不定期で土日祝でも出勤していることが多く、どの週末でも良い、とはいきません。たまたま、その遠足の週の土日は仕事が休みだったのですが、土曜日の夜に友人家族を家に招いて食事をする予定だったので、その時点では、日曜日に行けたら日帰りで行けるかな? といった感じでした。

遠足の中止が決まった翌日、その食事をする予定だった友人から「なんだか世間が騒がしくなってきたから、食事会は延期にしよう」という連絡が入りました。我が家は全く気にしていなかったのですが、不安がっているのに無理に誘うことはないと思い、延期にしました。

となると、週末は二日間フリーになります。

ふと、妻の友人が一棟貸しのペンションを少し前に始めた、という話を思い出し、そこに行けないかな? と思い立って妻に聞いてみました。妻がすぐに聞いてみると、数日前にも関わらず、ちょうどその前日に一件キャンセルが出たから空いている、とのことだったので、すぐに予約をして、行けることになりました。しかも、妻の昔からの友人ということで、格安で泊まれることに。

ただ、雪で遊べるのかはその時点では分かりませんでした。その場所は私の住む街からは二時間ほどで行ける場所で、雪が降る地域ではあったのですが、常に雪があるわけではなく、もしかしたら、道の脇に雪が残っている程度かもしれない。それでも雪が見れるだけでもいい。そのような思いでいました。

それでも、ペンションの近くには公園があってソリで遊べるところがあるから、もし雪が積もっていたら遊べるかもしれない、と言われたため、急いでソリを用意していきました。

そして当日、天気は晴れていて、雪は降っていなかったのですが、数日前に降った雪が残っていて、ソリで遊べると連絡がありました。

妻の友人と合流し、ペンションにチェックインした後、すぐに公園へ行ったのですが、なだらかな坂に真っ白な雪がキレイに積もっていて、妻の友人からは、普段は雪が降ってもすぐにベチャベチャになってしまうのに、今回はそうならずにきれいに残っていてラッキーだ、と言われました。

確かに歩く度にザクザクと音を立てる雪は心地よく、転んでも痛くなさそうだし本当に気持ちいいな、と感じていました。

結果、子どもたちは何時間も飽きずにソリで滑って遊び、翌日も午前中いっぱい遊び倒すことができました。

この一連の出来事について、私は明らかに神様のはからいがあったと感じ、その後、神様に感謝していました。そうでなければ、これほどまでにすべてが上手くいくはずがない、と思ったからです。

そして、これを神様がしてくださった「不思議なしるし」として証を書かなければ、と思っていったのですが、それに関しては、なぜかすぐに書く気になれませんでした。普段であればこのようなことがあればすぐに書きたいと思うのに、書こうと思うと別のことが思い浮かんだり、なぜか書くべきではない、と考えたりして、結局、今まで書いていませんでした。

昨日(2/1)の朝の祈り会の配信を聞き、その後明け方の祈りに出たときに、なぜこの出来事を今まで書けなかったのかが分かったような気がしました。

私はこの一連の出来事で悟るべきことを悟れていなかったからなのではないかと思ったのです。

この出来事について妻とは「すべてがうまくいったね」と話していたのですが、妻は単に運が良かった、と考えていました。

私は「これはすべて神様がしてくださったのだ」と思っていたのですが、一緒に体験したのにも関わらず、妻は信仰がないためにその思いを共有することができませんでした。

そう思った時、もしこの感動や喜び、感謝の気持ちを共有できたらどれだけいいか、と思いました。夫婦で一緒に経験したことを話し、感動を分かち合い、互いに喜びを噛み締め、共に感謝できたら、幸福感がもっともっと増すだろうな、と思ったのです。

そのような祝福を私は逃してしまったのだな、と。

同時に、今後神様に祝福されて結婚する兄弟姉妹を羨ましく思いました。

ただ、そこには嫉妬心は一ミリもありません。

そのような夫婦がたくさん生まれれば、その分、この世が喜びに満ち溢れ、それについての証をたくさん聞けるようになるからです。

上辺だけの自慢話のような薄っぺらい話ではなく、聞いているこちらも幸せになれるような夫婦の話が聞きたい!感動したい。

そのように思いました。

今後、多くの独身の兄弟姉妹が神様の導きで出会い、結婚し、真の幸せな夫婦生活を送り、多くの不思議なしるしを証ししてもらえるよう、祈っていきたいと思います。

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