サタンの妨害

「歩いて祈る派」になってから毎日欠かさず歩いているのですが、今日は風が強く、その風がとても冷たかったので、外に出た瞬間に「今日はやめておこうかな、家に戻ろうかな」などという怠惰な気持ちがよぎったため、悔い改めて、寒さを消すためにも気持ちスピードを早めて歩きはじめました。

ここ数日でやっといい感じのルートが決まってきました。住宅街、公園を抜けて、川沿いの河川敷を行くのですが、ぐるっと歩いてちょうど二時間くらいで、どこも静かで人気もほどんど無く、河川敷からは広い夜空が見渡せて、歩いていて気持ちが良いです。

ただ当初は妨害のようなものがありました。初めて河川敷に行ったとき、歌を歌いながら歩いている人がいました。一瞬、私と同じ信仰者か? とも思いましたが(私も河川敷で賛美しようと思っていたので)その人が歌っていたのは賛美歌ではありませんでした。となると、なんとも気味が悪い。
その翌日、更に次の日には、河川敷にはいる直前に暴走族(珍走団)のようなバイクに乗った若者が爆音をたてて通り過ぎました。

それらが偶然なのか、それが彼らの習慣で毎日その時間にそこにいるのか、それともサタンの妨害なのか分かりませんでしたが、とにかくお祈りの邪魔になるので、彼らがいなくなるよう祈りました。

その甲斐あってか、その後は彼らは現れなくなり、お祈りに集中することができるようになりました。

ここ数日はすべての罪を悔い改めるようにという御言葉が宣布されています。私にはとても刺さる御言葉です。捨てるべきものが捨てられていない。それを捨てなければ神様に使われないと分かっているのに、理解はしているのに、どうしても捨てると決心ができないでいます。その葛藤についても告白し、どうすべきか祈り求めています。更にまだまだ気付けていない罪もたくさんあると思うので、それらについても気付かせてもらえるよう、そして悔い改められますよう、祈り求めています。

そもそも神様に出会うまでは本当に罪深い生活をしてきたので、それらの罪をそう簡単に悔い改められるとも思えませんし、許してもらえるとも思えないので、今後も時間をかけて、コツコツと悔い改めていこうと思っています。

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