睡魔

睡魔とはよく言ったものです。

本当に悪魔の如く、すっと入り込んで眠りに誘いこんでくる。そして耐えるのがとても難しい。

数ヶ月前から歩き祈りを始めたため、明け方の祈りの時間睡魔に襲われることはなくなりましたが、その代わり、なのか、最近は、聖書を読み始めると強烈な睡魔に襲われることが多々あります。

私の場合、仕事から帰ると常に子どもたちがまとわり付いて来るので、その時間に家で聖書を読むことが出来ません。ですから、子どもたちが寝静まっている明け方の祈りのあとに、と思うのですが、外から帰ってきて眠気などないはずなのに、聖書を読み始めると眠くなってしまう。一時間読める時もありますが、途中で寝てしまうことが多い。

そうなると日中の仕事中に、となるのですが、昼休みという最適な時間は、食事を終えた後ということもあるのでしょう、すぐに眠くなってしまいます。
今のところ、それ以外の時間、仕事の空いた時間や公共機関を使っての移動時間に聖書を読むことが出来ていて、そのときには聖書を読んでも眠気が襲ってくることはないので、読みすすめることが出来ていますが、仕事が忙しくなってしまうとそれも難しくなりますし、移動がない日は、その時間を使うことが出来ません。

そこで、仕事中に聖書を読めなかった日は、仕事が終わってから直接家に帰るのではなく、カフェに寄って一時間ほど聖書を読んでから帰るようにしました。

会社近くのカフェは、お客さんは多いのですが、勉強している学生が多く、それほど騒がしくもないので集中して聖書を読むことが出来ます。公の場なので意識していれば眠ってしまうことはありませんし、眠くなったとしてもコーヒーで眠気を飛ばせます。

ただし、帰る時間が遅くなれば就寝時間も遅くなり、その分睡眠時間が削られるので、カフェに寄れるのは仕事が遅くならない日に限りますし、断食の日はコーヒーも飲めないのでカフェに行けません。
それでも出来る時には出来る限りのことをしようと思ってやっています。そして出来なければ他の方法を考える。

とにかく多少無理をしてでも意識して聖書を読む時間を作っていかないと、いずれ読まなくなってしまうのは自身の性格上分かっているので、思いつくことを手あたり次第やってみている感じです。

それにしても、以前は聖書を読んでいて眠くなってしまう、ということは無かったので、これも私に対する新たなサタンの攻撃なのかもしれないと思っています。しかし、たとえそうだとしても、打ち勝てばいいだけの話。

四六時中眠い、ということはないので、常に聖書を読む機会を伺いつつ、時間がある時に読めるだけ読んで、神様の言葉を蓄え、サタンが嫌がるような体質になっていければな、と思います。

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