明け方に起きる習慣

今朝の明け方の祈りの時間はいつになく眠気に襲われたため、何度も場所を変えて祈らなければなりませんでした。そんな中、ふと夜空を見上げると、月の光に照らされたうろこ雲。

幻想的な光景にしばらく心を奪われました。

明け方の時間に外にいると、今まで見たこともないような景色に遭遇することが多々あります。そして暗闇の静寂の中、独りでその景色を見ていると、まるで神様が私だけにこの素晴らし景色を見せてくれてくださっているのではないか、という気になります。

それもあって、明け方の時間前に目が覚めたときによぎる、まだ少し眠い、外に出るのは面倒くさい、今日は寒くて出たくない、という直前の悪魔のささやきを押し切って、明け方の祈りに出かけよう!という気になるのです。

信仰生活を始めた当初、祈る時間が明け方である理由は御言葉で伝えられていましたが「なぜ、真夜中のこんな時間に」という思いが残り、しばらくの間は悟れずにいました。

しかし、今あらためて考えてみると、もしこの時間でなければ、自分は祈り続けることをしなかっただろう、と思います。

もし昼間だったら、日々の仕事や生活に追われ、時間を作ることができなかったでしょう。明け方の時間だから、普段であれば寝ているだけの時間だからこそ、皆が寝ている時間だからこそ、誰にも邪魔されずに祈ることが出来る。習慣化してしまえば、起きることもそれほど難しくはありません。

ただ、やはり眠気に襲われることが多々あるので、その対策には苦労しましたし、未だに苦労はしていますが。

私の祈りの時間はいつしか「義務的」になってしまってはいましたが、少なくとも明け方の時間に起きる習慣はできました。

義務的になってしまった祈りをどう変えていくか。

それが自身の課題ではありますが、素晴らしい景色を見せてくださっている神様に感謝しつつ、明け方の祈りを始めた当初の気持ちを取り戻すべく、自身を変えていきたいと思っています。

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